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【感想】イランカラプテ アイヌ民族を知っていますか?――先住権・文化継承・差別の問題(明石書店)


今回ご紹介する本はこちら。

イランカラプテ アイヌ民族を知っていますか?――先住権・文化継承・差別の問題

当方は生まれ育ちが北海道で小中学校時代はアイヌ民族の話もよく聞きました。
身近にアイヌの人(少なくとも、そう名乗る人)が居たわけではないけれど。
この本によれば、うちの学校なんかは珍しい例で
北海道の学校でもアイヌ文化についての教育はあまり盛んではないようです。
北海道に限った話じゃないと思うのですが
学校の先生も地元で育って地元で教えているとは限らないですから難しいですよね。
この本では、指導内容に困ったらアイヌ文化振興財団に相談するよう提言されてます。

アイヌ文化ってすごく良い文化だと思うんですよ、自然と共存していくというスタンスで。
様々なものに感謝しますし。
でも明示以降、彼らの生活そのものであった狩猟採集が禁止されたり
差別や土地の問題などもあって一昔前までは随分苦しかったようです。
今でもまだそうした問題は残ってはいるのだとか。

土地の権利とかもう大昔に決まってしまった問題は
今国や道に責任追及してももうどうしようもない気もします。
ただ、アイヌの方々には堂々と生きてほしいです。
あとアイヌに限らず民族や国籍、或いは脳(精神)を含めた障害を持つ方など
様々な人が居て、お互い理解し合うのが重要なのではと。
ほんと一昔前に比べれば
属性で安直に人を測るケースは減ったと思うんですけどね。
誰だって何だっていいから"魅力"を持ってる人が強いんですわ。

アイヌ民族で村長(コタンコロクル)になれるのは
4つの力を持つ人なのだそうです、「雄弁家で、勇気があって、器量が良くて、手先が器用」。
何かあったときには話し合いをするので、雄弁でなければならない。
勇気と器量はまぁその通りで…
武器や丸木舟といった道具を作るために、手先が器用でなくてはならない。
3つ目までは一般的なビジネスマンの心得にも通じますが
この4つ目ってあまり言及されないんじゃないでしょうか普段。
すごく大事だと思うんですよ。
今は貨幣経済が回ってますけど、お金(特に円)が使い物にならなくなる時代って
近く訪れてもおかしくないわけで…あんだけ国が借金してるわけですし。
そうなったときに生き残れる人は力や知恵がある人(とその人に愛されてる人)なはずです。
だからスキルって大事。
自分自身そういうスタンスなんで「自分でできることを増やす」というのを
物心ついた頃から大事にしてきた…つもりです。
勿論時と場合によっては人の手も借りますが、
その人に”お返し”ができないんじゃ手も借りれないですし。
やれるんなら自分でやっちゃう方が早いですし。

あと「トウスクル」という、薬草で治す知恵を持った人も居たそうです。
例えば狩りの際に毒として使うトリカブトを薬として麻酔薬に使ったりもできるらしく。
自然にある動植物でとこまで治療できるのかというのは
実は結構興味があったりします。
機会があれば調べてみたいです。

「カントオロワ ヤクサクノ アランケペ シネプカ イサム」
という言葉が紹介されていました。
「天から役目なしに降ろされたものはない」
要するに
「獣はいてものけものはいない」
ですよね、なんて。


北海道にはよく「別」や「内」がつく地名がありますが(江別とか稚内とか)
「ペッ」は大きな川、「ナイ」は小さな川(沢)を意味するそうです。
他にも
「ホロ」→大きい
「ビラ」→崖
「ウス(ウシ)」→たくさんある
「シリ」→島
「ト(トー)」→湖、沼 (ex:洞爺、苫小牧)
などなど。地名がアイヌ語由来、というのは習っていましたが
細かい意味までは覚えていなかったので
覚えるいい機会になりました。


しかしよくこんな本を関東の図書館で借りれたもんだ。
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【感想】親が死ぬまでに聞いておきたい45のこと(中経出版)


今回はこちらの本。

親が死ぬまでに聞いておきたい45のこと(Amazon紹介ページ)

これは小中学校で必修になってくれてもいいくらいの内容。

親が認知症になったり死んだりする前に
金のこと・介護のこと・死に方のこときちんと話しておきなさい、という本です。
著者は医者であり、母親と父親を看取っているようです。
母親については長年介護していたのだとか。

1,200円にしては内容が薄めという声もあるようですが
字が大きく言い回しも簡単で読みやすいです。
会社のオジサン達が小さい字だと読めねぇ読めねぇと言うので
高齢者(親)側も読むことを考えると丁度良いのではないのかと。
あと図書館で借りたので値段は気にしてませんでした。

金と死の話はよくタブーだとされますが
それはただの「逃げ」でしか無いと思うのですよ。
見たくないものが見えてきてしまうからタブーという言葉で
蓋をするんでしょうね、そして蓋を開けようとする者を罵る。
しかし蓋をしたって無くなるわけではなく、
痛い現実と向き合わないといけないんです。それが人生。
蓋をしたまま、開きそうになったらガムテープで無理矢理止めて…なんてことをしていたら
後でとんでもなく痛い目に逢います。
紳士に説明し理解し合うのであればタブーだと非難されることもありません。

日頃からコミュニケーションを取っておく。
特に、取り上げにくい話題についても折りに触れて話しておく。
それが大事なのではないかと。
会社でもコミュニケーション不足が蔓延しているのでそれと似ている気がしました。

あとは知識を持っておくということですね。
治療方法、介護サービス、法律etc...

盲点だったことの1つが、食についてです。
今は経管栄養や胃瘻といった、口から食べる以外の方法で
栄養を摂って延命することが可能なようですが
海外では口から食べられなくなったらそれ以上どうにかしようとはあまりしないそうですね。
あまり考えたことのなかった観点でした。
言うまでもないですが自分は口から食べられなくなったら死にたいです。

胃瘻や人工呼吸器は一度つけてしまうと(回復しない限り)外せない、
というか外すと医者が犯罪になってしまうといいますから
そうした知識は持った上でいざというとき咄嗟の判断ができなければいけないのでしょう。


自分がもっと世間に知ってほしいと思っていたことが
経験談と裏付けを伴ってわかりやすく書いてありました。
沢山の人に読んで実践してほしいです。

自分は親と絶縁したんで家族が居ませんが
(法的に何かしたわけではないので突然何か要求されたりしないか怖くはある)、
近い将来伴侶ができれば伴侶の親とはきちんと話しておきたいです。
正確には結婚する前に、ですね。


とりあえず自分が死ぬ頃には積極的安楽死が実装されてますように。

アンコールが無かった


スメタナの交響詩「我が祖国」全曲の演奏会があったので行ってきました。
NHK交響楽団の定期演奏会です。
関東に住むと結構身近に思えるものですね。
下手すると全国レベルで集客力があるんじゃないでしょうか。
いつまで関東住まいかもわからないし今のうちにここでしかできないことは
経験しておきたい。何でもかんでも、というつもりはないが。

さて。
演奏が良かったのは言うまでもないです。
何がどう良かったってうまく表現できないんですけど…奥行きがあるといいますか。
テレビやCDじゃ聞けない音。CDだと金管がもう少しひっこんでるかも。
特に印象が違ったのが第五曲でユニゾンのとこの迫力が堪らんかった。

…とはいえ音自体にもんのすごい差があるかと言われると
素人にとってはそうでもなかったりもします。
一番違うのはホールという空間と周囲にお客さんがいるってことですね。
A席だったのもありそこまで崇高?な人に囲まれていたわけではないですが。
…今度見るなら奮発してもS席にしよう、うん。

普段テレビで見てる人が目の前に居るってのもなかなか妙な感覚でした。
といっても見覚えあった方は2人だけでしたが;
今度行く時までにはもう少しテレビで見て覚えるようか。
NHKホールってのも新鮮でしたね。近くには放送局としてのNHKもあり。
そういやホールの響きも良かったな。


今回一番言いたかったのこれです。
アンコールが無かった!1曲も!!
そんな演奏会初めてです!
N響ってそういうもんなんか?
それとも今回は交響詩「我が祖国」全曲演奏だったからか?
確かにアンコールやるとしたら何を演奏するんだ、とは思ってました。
下手なものついたら蛇足だよなぁと…。

演奏後の拍手が鳴り止まず
指揮者が引っ込んだり出てきたり数往復してました。
その都度演奏者を立たせて礼をさせたり。

調べてみるとN響のメインプログラムではアンコールが無いようですね。
そういうもんなのか。
だから拍手が止む前に会場を出る人も少なからず居たのか。

でもアリだと思います。
今回みたいに1つの曲を通しでやってたら
下手な追加演奏は蛇足にもなりかねないし、
何より近年「アンコールで2曲(最低でも1曲)やる」が固定化されすぎてて
本来のアンコールの意味が無くなっているとは感じていました。
陳腐化していたとも言えるか。
客も「折角金出したんだから沢山聞いて帰らないと損」というケチくささがあるとかないとか…。
高校の部活動で演奏側に居たこともありましたが
アンコールはほぼ100%やる想定で用意していたものです。あれが気に入らんかった。
突然やれって言われてできるもんでもないから仕方無いっちゃ無いんだけど。

ウィーンフィルのニューイヤーコンサートみたいに
アンコールというよりもう決まりきったプログラムなんだったら
それはそれで良いのですが。

しまりが悪いですが今回はこの辺で。
何にせよ、今日の演奏は良かったです。

【感想】しんがり 山一證券最後の12人(講談社+α文庫)


今回はこちらの本の感想→Amazon紹介ページ

こちらも図書館で借りました。
最近では自分は会社のしんがりを務めることになるのだろうと考えていて、
タイトルが目に入ったときに「これだ!」と借りてしまいました。
会社が終わるときってどんなことになるのか、と。

尚、山一證券最後のとき(1997年)当方は小学校低学年で
この本を読むまで山一證券の存在は知りませんでした。
ただ何となく、物心ついた頃にバブルがはじけたまま
不況が続いていたということはよく覚えています。
必ずしも他の同世代の人と認識が一致するとは限りませんが…。

さて。

山一が経営破綻した最大の原因は3億もの「簿外債務」でした。
この多額の債務が隠されていた理由はおおまかに言うとこうです。
・実際に手を動かしている社員は「これはまずいだろう」と思いつつも
会社トップの命令だから仕方ないと動いていた。正論を唱える者は左遷された。
・厳しいノルマなど、評価システムが健全な仕事のやり方を評価しないものだった。
・家族のような雰囲気も社員を会社に尽くさせた。
・証券会社は実際にものを売るのでなく資金を右から左に動かすだけの仕事。

死ぬ気で親(上司)の言いなりになろうとする子(部下)に比べ
腹を切る覚悟で子(部下)を守る親(上司)は圧倒的に少ないように思います。
各仕事には目的があって目標があって戦略があるはずです。
「製品を売ってお金を得る」という目的があるのに対しての
「ノルマはいくら」という目標があり、「どう客の心を掴むか」という戦略がある。
人生自体も例えば「幸せになる」という目的があって
「カッコよくなる」という目標があって「筋トレする」という戦略がある、のように同様です。
「死ぬ気で親(上司)の言いなりになろうとする子(部下)」というのは
目的に盲目となり目標は上から降りてくるものそのままで
せいぜい戦略を考えるだけかそれすらもせず体力勝負をしているようなもの。
あるいは「(生きるために、)親(上司)に褒められる・認められる」という目的があっての
「言われた目標の達成」という目標、そのための戦略があるとも言えるかもしれません。
目的にも上位に抽象的なものがあって下位に具体的なものがありますね、
幸せに生きるという上位の目的に対して親(上司)に気に入られるという下位の目的があるような。
言わずもがなですが、目的を捉えていないと目標や戦略も誤ってしまいます。
特に目標と直結しにくい上位の目的は見失いやすいかもしれません。
大きな組織に属するサラリーマンは尚更なのではないかと。

ついでに目的と目標を与えられる日々の中で
己でそれらを見つける力はどんどん弱っていくのではないでしょうか。
会社のオジサン達を見ていて「サラリーマンなんだから上司に従うのは仕方ない」と
言っている人ばかりなのが本当に信じられない。
常々「あなた何のために生きているの、なんで戦わないの???」と思っていましたが
その答えがこの本に見いだせたと思います。
ある種の洗脳に近い。「飼い殺される」とはこういう状態か。
そうして判断を誤って「これはまずいだろう」に目を瞑っていると後でどうなるか。
山一證券の経営破綻に関係して2人の罪の無い人が殺されたのだそうです。
これは肝に銘じておきたい。己の弱さに負けて道を違えれば死人が出るぞ、と。
本の中でも次のような文がありました。
『会社という組織をどうしようもない怪物に喩える人は多い。
しかし、会社を怪物にしてしまうのは、トップであると同時に、
そのトップに抵抗しない役員たちなのである。』
会社→組織、トップ→上司、役員→従業員と置き換えても通じるでしょう。

飼い殺されないための大きなヒントもありました。
社員の9割は再就職しているというのです。
必ずしも皆が皆再就職先で幸せになったとは言い切れないようですが、
それでも多くの人にとって良い転機になったという見方が強いです。
『「ほとんどのことは何とかなる」。』
『「人間はその場に合わせて咲く能力がある。突然の失職もたいしたことはなかった。人生は何とかなる」。』
と社員の1人が語っています。
会社が経営破綻したとき、その事後処理に追われるときに
社員やその家族はどうなるのか、という例が具体的に詰まった教科書でもあります。
緊急時に何が起きるのかわからなければ如何ともし難いですが
わかれば覚悟をしておいたり手を打ったりしておけます。
非常に良い人生の勉強になりました。

最後に、印象的だった郡司さんのセリフがこちら。
『「この世は理不尽なことがたくさんあります。でも流されちゃいけない。言いたいことが言える人間じゃないとね」』
この世が理不尽なものと聞いただけで、わかってくれる人はわかってくれるんだと
心穏やかになります。一応、言いたいことを言うのは第一歩で
次にやりたいことをやるための戦略と実行するための行動力が必要となるんですけどね
(まぁ郡司さんは旗振りでは無かったから…)。
他にも紳士に勤めれば良き理解者には認められるといった趣旨の事例や言葉は数多くありました。

【感想】日本人はどう住まうべきか? (新潮文庫)


最近こんな本を読みました。

紹介ページ(Amazon)

この本すんごい良かったです。
「だましだまし」生きるのが良いのではないかという話をはじめ、
現代のニュータウンや住宅ローン、高層ビルのあり方(何か変だよねって話)について、
まさにそういうことが知りたかった!という目から鱗の話が盛り沢山でした。

元々この本が目についたというのは
農林水産業つまり土着の仕事をしているわけでもなくて
転勤も当たり前のような会社員人生で
固定資産を持ってもしょうがないじゃん?という疑問を日々抱いていたことに由来します。
会社の先輩曰く、渡り鳥の如く冬は南・夏は北か高地に移動して
キャンピングカーで暮らす人もいるらしい。郵便をどうしているのかはちょっと気になるけど。
本の中で「参勤交代のすゝめ」という話もありました。
同じところにばかり住んでいると頭が硬くなるから
まとまった期間を自然の中で暮らすようなことがあってもいい、だったか。
とにかく責任の所在を明確にしたり全国統一基準で物事を決めたり、といった
サラリーマン的思想がよろしくないような話でした。ほんとソレ。
なんでも白黒つけんでも人の力で制御せんでも
「だましだまし」でもいいじゃんか、と日々思ってる。
是非国語の教科書にでも載って欲しいような話です。
自分の考えをあちこちに押し付けるのも難だけど。


ところでこの本、実は市の図書館で借りました。
先日初めて行ったのですが思いの外充実していました。
元々借りるのではゆっくり読めないとか
書店の方が魅力的な本を手の届くところに置いているはずだなどと考えていましたし、
ホームレスの巣窟になっている図書館もあるという話を聞いたことがあったので
あまり近づきたくなかったのですが…
会社のおじさんが図書館を利用していると聞いて
そんなに悪いものでもないのかな、と。

蔵書数はそこまで多いわけではないですが
フラっと歩いているだけでも興味をそそられる本は多かったです。
しかもこれが保管場所と財布を気にせずにいくらでも読めるんだから
返却期限があるのを差し引いても悪くないかと。
最近は読みかけの本が最後の2割くらい残った状態のまま
新しい本に手を出してしまうことも多かったのですが、
返却しなければならないとなれば2週間のうちに最後まで読み切るわけです。

ついでに、今回の本が非常におもしろかったので
やっぱり買いたいなぁなんて思ってしまったのですが、
Kindleのアプリって今は普通のPCやスマートフォンにも無料で入れられるんですね。
専用の端末を買わないといけないのかと思っていたので
ご縁が無いものと認識していましたが、これは利用してみる価値アリかも?
本棚のスペースを食わないのが良いです。PCの容量は食うんでしょうけど。
どのくらいなのやら。
1回読んだらもういいや、という本や雑誌なら紙のものを買うより良さそう。
…そういう本は図書館にあれば借りるのがいいか。
紙の方が見やすいだろうし図書館ならタダだし。

言葉のボールごろごろ


言葉(情報)のキャッチボールって言うでないですか。

最近ボールをごろごろその辺に転がしておく人が多い。twitterがその典型。
その中には人が欲しがる情報もあるわけだ。
特にリツイートされたときにその人のホームに行くと
こちらにとっても興味深いことを続けてツイートしているケースが見受けられる。
そのくらいなら追えるが、
自作品の感想を@ツイートやハッシュタグなしでツイートされると完全に追えない。
そういう埋もれた宝を見つけるのにエゴサーチをしたり
フォローしてる人のツイートを見落とすこと無く追いかけるのに労力を費やすのは厳しい。
現状フォローしている人のツイートを全部チェックできているわけではない。

だから自分自身は情報の撒き方には注意している…つもり。
・好き勝手言う発信源(このブログとか)と、閲覧者を大事にする情報発信源とを分ける
・誰かにとって嬉しいであろう情報(勇気を持ってそう判断せねばならない)は
 その人に届くように発信する。作品の感想などが代表例。

上記は別に閲覧者に対する親切でやってるわけでない、
誰かに見てもらいたいという己の欲求に従っているだけだ。
人が自分を見て知って喜ぶなんて無い無い、そんなにすばらしい人間でない。
自分には尊敬する人がいるし。皆寧ろそっちを見てよwみたいな。

というか本当に親切でありたいならブログもTwitterも、
そもそも自分が存在すること自体やめてしまえばいい。
そうすれば世界のジャンクインフォメーションがほんのちょっとだけ減る。
誤差だけど。少なくとも増えはしない。
自己中だからそうしないけどw

常に人からの連絡に対してスタンバイ状態なのも、
interruptに対処するのも疲れるし
元々着手していた作業を中断する羽目になる。
中断して再開されないままになる仕事はよくある。
そんなんばっか積み重なったってあまり価値を為さない。

たまには人を放っておく。
自分のためにを使い、スキルアップできれば誰かにお力添えできることも増える。

メールやTwitterの通知など見たくなってしまうのが人の性ではある。
やはり己の弱さとの戦いである。



宝が転がってるかもしれないから探しちゃうんですよね。
宝なんて無いってわかってりゃ探さないんですよね。

人のキャパは有限。
情報が増えるということは諦めるものが増えるっつーことか。

諦めるのは得意。
自分の可能性を閉ざさない程度にうまくやれてるかはわからんがな。

定期満了と仕組貯金


ちょこちょこ拍手くださる方がいらっしゃるのに密かに感謝しています…!

ガキのときのお年玉貯金を定期預金にしていたのが満期を迎えたのでおろしにいきました。
当時の定期預金の金利は0.35%, 今は0.01%…どんだけ金利良かったんだw
にしても、平成15年あたりは0.06%くらいで平成19~20年くらいに突然?0.3~4%になっている。
何があったんだ。…と、調べてみると丁度郵便局が民営化した頃のようで
これと無関係では無いのかもしれません。
どのみちバブルの頃は6%とか8%とかだったりしたようでソレに比べれば微々たるものらしいですが。
そんな時代は知りません、というかバブル≒幻影なんだから放っておきます。

で、思想の違いから親とは縁を切りましたし別にそれを後悔もしていませんが、
こういうガキの頃の仕掛けにはたまに感謝させられます。
自分が臨時収入(?)の方ではなく
金利の変動について知ることができたことの方に喜んでいる、というのは
親の想定の範囲外でしょうが。
平成19年というと高校生の頃だ。普通貯金くらは自分で管理していたが
定期は親に任せっぱなしだったと記憶している。
そういう形の財産があることは知っていたが…というか元々お年玉だし。
そういえば一度「あんたの定期預金、一回降ろして入れ直したから」と言われた記憶が
うっすらとあるが、金利が上がったタイミングで入れ直したんだと思う。

さて、資産運用がままならぬうちに貯金が450万円程になってしまいました。
どうしようか、ということで。
まず、これまで投資信託の積立の他に純金上場信託なるものをちょこちょこ購入していましたが
これらを少し増やしていくことにしました。
それから「仕組貯金」というのが目についたのでちょっとこれで遊んでみることに。
預入期間の長期化や元本割れリスクのある貯金ですが金利は良い。
特に預入期間が長くなったって余裕資金だったらどうでも良いですし。
元本割れする分にはまぁしゃーねぇかなって感じ。経験を積むつもりで。

どうせ現金で持ってたって相対的な価値は変動しているわけですし
思い切って株や外貨に変えていこう、うん。
手数料には気をつけなといけなくはあるのですが。

とりあえず100万くらいは値動きのある姿になったかな。
それでも300万くらいは現金か。
でもそのうちの半分くらいネットバンクに移したから
ゆうちょの普通貯金よか金利いいかな、微々たる差だけど。

こんなことやってると普通に半日近く
あっという間に過ぎるんだよなぁ…参った。
ちょっとずつ慣れてはきたけど。とりあえず面倒くさがりなんで程々に。

ついでにそろそろ携帯電話も契約更新時期が来るので
格安SIMに完全移行するつもりで電話番号も発行しなおしてます。
10年使ってきた電話番号を変えるって結構おっかないけど
電話番号を変えたい願望の方を採用することに。
(※誤解の無いように…格安SIMでもナンバーポータビリティは使用できるようですが
 今回は敢えてそれをしないというだけです)。
一応1ヶ月程度のオーバーラップ期間はできるし何とかなるか、と甘く見てる。

英語の勉強


年初に抱負を書いてからもう2ヶ月です。
もう少しで3ヶ月です。
色々できたような、そうでもないような。

一応skype英会話はちゃんと続いています。
あと1月の末くらいからtwitterの英語アカウントを作ってみました。
発信の場が欲しいなぁと思いまして。→@klst94
このブログで英語日記書いてもいいんですけどね。

英語だと言いたいことが言えないです。
赤ん坊ってこういう気持ちなんかな…とか思ったりしますw

あと自分のツイート読み返しても何言ってるかわかんなかったりw

英語独特の表現なんかもあるようですね。
日本で「フリーゲーム」と言うけど英語だと「open source game」だったかな。
あと「同人ゲーム」に当たるのが「indie game」っぽい?
そういうの慣れていきたいものです。

なかなかまとまった分量(本1ページ分とか)の教材を続けるのは難しいですね。
いつも気が向いたときに頑張って面倒くさくなると放置してしまいます。

さあ6月にTOEICあるぞ、と自分の背中を押してみる。

あとやっぱり自社の海外拠点に学ぶものが多そうなので
何らかの形で海外出張の機会は得たい。
まぁ大して英語できなさそうな人も割と海外行ってるけど…できるに越したことはない。

何で愚痴る割に行動は起こさない?


日本の会社は家族のような強いコネクションの組織になっていて、
組織から迫害されるのを恐れて過労でも仕事し続けてしまう…
といったような話を聞いたことがある。
実際、競争という文化は乏しく平等が叫ばれることの方が多い。
(上辺だけの)協調、平穏を維持しようとする動きも目立つ。

当方の部署では、部長が糞だとほぼ全員が口を揃えて言う。
だが、いざ俺が理論武装で部長に物申すと周囲が顔を青くする。
あの人の理屈がおかしい、しかもソレは皆が口を揃えて言っていることなのに。
何度か部長と軽い口論を起こしたことがあるが、
後々周囲から言われるのは
「いや、あの部長もイイところはあるから…。」「昔はすごかったんだよ。」
「なんかAsさんの、部長に対する口当たりキツくない?」
などと、俺が叩かれる。何故?www

庶務さんなど、いつも「部長が出張旅費を過剰請求しやがる」と
愚痴をこぼしているが…だったら処理しなきゃいいだろw
何故そうしない。
でもって、極論言えば
過剰請求を見過ごすってのは
あんた(庶務)がそれをやってるのと同義だ。

何故そうなるのか。
…彼らもやはり、怖いのだろうな。
荒波を立てるのが怖い。
戦うのが怖い。
現実を知るのが怖い。

でもそれらをシャットダウンしたところで
結局怖いものが無くなるわけではない。
どっかのタイミングで怖い思いをしなければいけない。

周囲に一步踏み出させ、
今の状況を変えるには…
部下にメシも奢らないゴミ部長が
高級をかじり取ってる現状を変えるには、どうすれば良いか。

多分、ストーリーが必要なんだと思う。
一步踏み出すように、人々の背中を押すようなものが。
現状には満足していないのだ。
「このまま進めばこうだけど、今勇気を出してこうしたら
 将来はこうなる」とか。
ついでに「仮にこういう結果に終わっても、損害はこの程度で済む」
「あの人のこういう実績を見れば、この戦略はほぼ成功するはずだ」
くらいの説得もつけられると良いだろうか。

説得もそうだし、自分が率先して行動を起こすことで
周囲が動いてくれるのではないかとも思ってます。
別に動かなくてもいいけど。自分が今の集団を去るというのも有力な手段だし。

でも、自分が行動を起こすことは比較的容易ですが
周囲を動かすってすごく難しいと感じます。
「周囲を動かす」というレベルの高い課題に挑み
クリアしたいという思いはありますね。

自分の考えは全然正しくない


人間は他の生き物とは違うんだとか、
犬猫が大事だとか、そういうことを言う人が沢山いる。
そういう人達から見れば自分は酷く残虐なのでしょう。
自分の解釈では、人も犬猫もアリもゴキブリも物言わぬ草木も同じです。

この解釈の違いは思いの外大きいと最近感じ、何故なのか考えてみた。
別に自分は人間をいい加減に扱っているつもりはない。
どちらかと言うと、人間、動物、そして植物、物、全て大切なものであり
それらのおかげで自分の幸があるのであり感謝せねばならぬもの。
思えばこの考え、小学校の頃担任の先生がよくしてくれた
アイヌ民族の文化に基いているのではないかと。
彼らは全てのものに魂が宿っていると考えていたそうです。

欧米化した日本において文化的にも一神教の宗教の考えを(やんわり)持つ人が
少なくないのではないでしょうか。
世界がアダムとイブから始まった?のなら
人間が特別というのも納得できます。

最近自分の考えが正しいと信じ切っているかのようで危ない。
しかもこうしていくつか後々になって
自分が間違っていたことに気付かされる。
間違っていた、とまで言わなくても
少なくとも自分の意見が唯一の正解ではないことに気づいたり、とか。
よろしくないですね。
もっと人の話に興味を持って耳を傾けるようでなくては。

かといって、何で自己主張が激しくなるかといえば
好き勝手主張してばかりの人達の中で揉まれてるからなのであって。
そうするとたまにはこちらの話も聞けよ、となる。

しかし。
先日社員旅行の宴会で気づいたが…
此方が主張しようとしなかろうと、どうせ彼らは此方の話など興味ないのである。
彼らが好き勝手主張し文句を言い同じセリフを吹き返すということは、そうなのだ。
だいたい飲んだくれて目を覚ませば
こちらの主張どころか本人が何を言ったかすら忘却の彼方である。

というわけで、主張なんて無駄無駄無駄。聞き手に専念すべし。
あと二次会には行くべからず。皆それぞれ
てきとーに同じことしかリピートしてるだけだから
流石に聞いてても得るものが無い。

Appendix

プロフィール

As

Author:As
ご覧いただきありがとうございます。
艦これネタを中心に、その他日々思う所等を書き綴ってます。

コメント・拍手・リンクは大歓迎です、お気軽にどうぞ!過去の記事へのコメントもご遠慮なく。
どうぞよろしくお願いいたします。

[艦これ情報]
サーバー:幌筵(13/12/27開始)
司令lv:103(16/4/23現在)
好きな艦娘:漣、不知火、榛名、加賀etc
[その他]
炊事の他、絵や作曲なども。
雪国出身、関東暮らし2年生。

[別名義コンテンツ]
"倉下 遼"としても活動中です。
webサイト crAsm(ゲーム制作等)
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